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シーボルト来日200周年 Vol.10シーボルトの江戸参府 – 【公式】出島〜dejima〜

お知らせ

2024/01/01 出島運営管理事務所からのお知らせ
シーボルト来日200周年 Vol.10シーボルトの江戸参府

新年を迎えたオランダ商館長らには、江戸参府という大きな仕事が待っていました。これは、貿易の継続の許可をいただいていることに対して、江戸に参じて将軍にお礼を述べる、というものです。寛永10年(1633)から定例化され毎年実施していましたが、寛政3年(1791)以降は商館長がじかに参府するのは四年に一度に軽減され、そのほかの年は、代りに阿蘭陀通詞が参府を行いました。

 江戸の将軍や幕閣らへの献上品、道中の宿場での返礼品など、たくさんの贈り物を準備する必要があり、また長旅となるため、費用は膨大、たいへんな旅となります。しかしながら、シーボルトにとっては、公式に日本を旅するたいへん貴重な機会でした。

 シーボルトは、文政9年(1826)にステュルレル商館長の江戸参府に随行しました。旅の道中、精力的に日本について調査し、その記録を残すため、シーボルトはチームを作り、この旅にのぞみました。通常、参府には、商館長と医師、これに書記が1名同行します。そのほかは、阿蘭陀通詞や荷運び、商館長らが乗る輿の担ぎ手など、多くの日本人が随行し、大人数での旅となります。

 シーボルトは、これらのメンバーに川原慶賀や剥製職人、門人らも同行させました。道中は輿から降りて歩くことも多く、日本各地を見学し、その記録を慶賀らとともに作成しました。

 シーボルトの参府旅行は、1826年2月15日から7月7日までの約140日間。通常は2月に出立して6月に帰館するので、1月ほど長い旅行と言えます。シーボルトの調査が原因となり日延べしたため、ついには商館長が呆れて仲違いしたことも、伝えられています。

 さて、この江戸参府については、出島の筆者蘭人部屋2階、カピタン部屋1階で紹介していますので、ご来場の際には、ぜひ立ち寄ってみてください。

(長崎市 出島復元整備室 学芸員 山口美由紀)

江戸参府の模型 筆者蘭人部屋2階
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