マップ

Ⅰ-1 

一番船船頭部屋(MAPⅠ-1)

Gdb006

オランダ船(一番船)船長や商館員の居宅として使用されていた建物。
1階は倉庫として使用された土間を、2階はテーブルやベッドなどを展示し、当時の居室を再現しています。


Ⅰ-2 

一番蔵(MAPⅠ-2)

Gdb007

輸入品である砂糖が収められていた蔵。
出島内の倉庫は耐火のため土蔵造りでした。
建物内部では復元工事の過程を紹介。
発掘調査で見つかった当時の建物の基礎石も公開しています。


Ⅰ-3 

二番蔵(貿易館)(MAPⅠ-3)

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主に輸入品である蘇木(染料)が収められていた蔵。
1階は「貿易と文化の交流」をテーマに、出島に出入りしたさまざまな貿易品を紹介しています。


Ⅰ-4 

ヘトル部屋(MAPⅠ-4)

Gdb005

オランダ商館の商館長次席(ヘトル)の住居。
1階は総合案内所や「出島グッズ」などを販売するミュージアムショップ、2階は企画展を開催する企画展示室となっています。オストメイト対応のトイレもこちらに設置しています。

(※現在改修工事の為、ミュージアムショップを除いて閉鎖中です。
トイレ及びオストメイト対応のトイレは使用できません。
恐れ入りますが、筆者蘭人部屋の男女トイレ、車いす/オストメイト対応トイレをご利用ください。)


Ⅰ-5 

料理部屋(MAPⅠ-5)

Gdb004

商館員たちは1日2回、カピタン部屋の2階で食事をしていました。
その食事を作っていたところが料理部屋。
出島へ出入りしていた通詞や役人は珍しい西洋料理をお土産として持ち帰り、大変喜ばれたそうです。

 

Ⅱ-1 

三番蔵(MAPⅡ-1)

Gdb009

砂糖のほか、さまざまな輸入品が収められていた蔵。
当時の倉庫の様子を再現しています。


Ⅱ-2 

拝礼筆者蘭人部屋(蘭学館)(MAPⅡ-2)

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帳簿などの筆記を行うオランダ人の書記の長が住んでいた建物。
出島から入ってきた蘭学を紹介しています。


Ⅱ-3 

カピタン部屋(MAPⅡ-5)

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オランダ商館長(カピタン)の事務所や住居として使用されていた出島で最も大きな建物。
日本の役人や大名などが出島を訪れたときに、接待の場所としても使われていました。
1階は出島の歴史や生活に関する展示、2階は商館長の生活の様子を再現展示しています。


Ⅱ-4 

乙名(おとな)部屋

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出島において日本側の貿易事務や管理を担当していた出島乙名が拠点とした建物。
出島乙名は、出島を築いた出島町人から選ばれました。
1階では乙名の仕事を分かりやすく紹介しています。


Ⅱ-5 

水門 (MAPⅡ-5)

Gdb001

西洋と日本の文化・学術・貿易品が最初に出入りした象徴的な建物。
2つの通り口のうち南側は輸入用、北側は輸出用に使われていました。

 

Ⅲ-1 

十六番蔵 (MAPⅢ-1)

かつての丁子蔵を企画展示室と収蔵庫としています。


Ⅲ-2 

筆者蘭人部屋  (MAPⅢ-2)

出島が貿易や文化交流を通じて世界と日本各地とつながっていた様子をわかりやすく紹介しています。
(男女トイレ・車いす対応トイレ・オストメイト対応トイレ・エレベーターがあります)


Ⅲ-3 

十四番蔵 (MAPⅢ-3)

かつては砂糖の蔵でした。蔵の下の発掘遺構や出島築造の様子、出島と長崎の町をつなぐ橋を紹介しています。


Ⅲ-4 

乙名(おとな)詰所 (MAPⅢ-4)

表門から出入りする人を監視するために出島の管理者である乙名が詰めていました。


Ⅲ-5 

組頭(くみがしら)部屋(MAPⅢ-5)

乙名の補佐役(組頭)の名前がついていますが、銅を計量したり、梱包したりしていました。

 


Ⅲ-6 

銅蔵 (MAPⅢ-6)

出島の主要な輸出品である銅を保管している様子を再現し、銅を通じて日本・世界がつながっていた歴史を映像で紹介しています。

 

 

B-1 

旧石倉(考古館) (MAP B-1)

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幕末の商社の石倉でした。日本最初のプロシアの商社も入り、坂本龍馬たちの海援隊とも取り引きを行いました。


B-2 

新石倉(総合案内所・出島シアター)(MAP B-2)

Gdb011

出島の施設やイベントに関することはこちらでお尋ねください。世界とつながる出島の歴史を映像で紹介しています。

M-1 

旧出島神学校 (MAP M-1)

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1878年(明治11年)に建てられた、現存するわが国最古のキリスト教(プロテスタント)の神学校。
1階には料金所や出島売店・休憩室、2階には出島商館員(年間パスポートの購入者)が無料で利用できる会議室、出島の情報が詰まった図書室などがあります。


M-2 

旧長崎内外クラブ (MAP M-2)

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1903年(明治36年)、長崎に在留する外国人と日本人の親交の場として建てられました。
1階は長崎の食をテーマにしたレストラン、2階は居留地時代の展示を行っています。

表門

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平成2年に復元されたもの。
もともとは明治期の中島川変流工事によって削られた部分(川の中央付近)にありました。
江戸時代には、対岸の江戸町側から表門橋を渡ると、この表門があり、ここに詰めていた探番(さぐりばん)が出入りする人を改めていました。

ケンペル・ツュンベリー記念碑

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出島オランダ商館医シーボルトが来日中、先任者であるケンペル・ツュンベリーの2人の学者の偉業を顕彰して建てた記念碑です。

ミニ出島

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昭和51年に制作された15分の1の模型。

川原慶賀が1820年ごろの出島を描いたとされる「長崎出島之図」を参考に再現したものです。